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宝塚歌劇団花組・瀬戸かずやディナーショー【Gracias‼】。ラストソングは「マイウェイ」。輝く思い出と共に卒業する、あきらさんの思いが詰まった一曲。


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2021年5月15日、宝塚ホテルにて
瀬戸かずやディナーショー【Gracias!!】が上演されました。
会場にはお客さんもいらしており、
同時にライブ配信もしてくださいました。

私は、宝塚市まで赴くことができず、ライブ配信での観劇となりました。

1時間40分ほどのディナーショーの最後の1曲は、
「マイウェイ」でした。
この曲についてのお話を中心に、
瀬戸かずやさん(愛称:あきらさん)のディナーショーの感想を綴ります。

私の勘違い

ディナーショーの終盤、
瀬戸さんが「最後の曲は、マイウェイです」と仰ったとき、
「これは真琴つばさ(まみ)さんの曲だね」と私が言うと、
隣で観ていた母が
違うわよ、まみさんも歌ってたけど、
マイウェイは世間一般的にとても有名な曲なのよ」と教えてくれました。

そ、そうなの?!
てっきり「宝塚のオリジナル曲」だと思ってましたよ…


こういうことは度々あります。
小学生の頃から宝塚の舞台を見ていますので、
タカラジェンヌさんがカバーしている曲だと、
「世の中で有名な曲」を「宝塚のオリジナル曲」だと勘違いしているのです。


宝塚を通して、一般常識を学ぶ機会がとても多いです。
特に、幕末の歴史やフランス革命については、
宝塚を観て覚えたようなものです。


宝塚の舞台を見続けると知見が広がりますね。
これが、宝塚ファンを続ける理由でもあります。
宝塚の舞台は学びが多い、これホントです。

名曲・マイウェイ

ところで、この「マイウェイ」。
久しぶりに聴いて、改めて心から感動いたしました。

マイ・ウェイ(My Way)」は、フランク・シナトラのポピュラー・ソング。
主人公の男性が、自分の死が近付く中、自分の人生で起こったすべての苦難に対して行ったことについて、後悔せず自信を持っている、と語る内容である。
ウィキペディアより

初めて聞いてから20年以上経っていますから、
私なりに人生の時間を積み重ねてきた分だけ、
曲の深みやメッセージを理解できるようになっているのでしょう。

自分の行ってきたことに悔いはない、というテーマには
心から共感します。

フランク・シナトラ「マイウェイ」の英語歌詞は
日本語にも訳されています。


日本語訳にも数種類あるそうですが、
その中でも有名なのは、
岩谷時子さんバージョン」「中島潤さんバージョン」のようです。
岩谷時子さん訳の日本語版マイウェイは、尾崎紀世彦さんがカバーしておられます。
一方、中島潤さん訳の日本語版マイウェイは、布施明さんがカバーしておられます。

布施さんバージョンは夜のヒットスタジオ
他歌手により数回歌われております。

1980年10月6日放送回(山口百恵引退記念回)では、
西城秀樹さん・野口五郎さん・郷ひろみさんによって歌われたそうです。


多くの有名歌手により、歌い継がれてきたマイウェイ。
ディナーショーでは、瀬戸かずやさんが想いを込めて思いきり歌い上げられていました。

宝塚でのマイ・ウェイ

宝塚の歴史の中で、マイ・ウェイの記憶と言えば、
真琴つばさんと霧矢大夢さんが退団公演のことを思い出します。


特に霧矢さんは、
黒燕尾で踊った後にワンフレーズだけ歌い上げた、
という粋な演出があったように記憶しています。
(違ってたらゴメンなさい…
霧矢さんの退団公演はエドワード8世は2012年上演で、8年位前の記憶ですので)

岩谷時子さんの日本語訳

調べてみて分かった衝撃の事実。
マイウェイを日本語訳をされたのは、あの岩谷時子さん!

岩谷時子さんと言えば、「歌劇」の編集長ではありませんか!

岩谷時子:1939年に神戸女学院大学部英文科を卒業後に、宝塚歌劇団出版部に就職。
宝塚歌劇団の機関誌である『歌劇』の編集長を務めた。
Wikipediaより

このマイウェイは、宝塚歌劇団にも由縁があったのですね。
なるほど~勉強になります。

瀬戸かずやのマイウェイ

さてさて、瀬戸さんのお話に戻りましょう。

あきらさんは、18年間のすべてを宝塚に捧げてきたとのことです。

2021年5月11日、宝塚大劇場花組公演の舞台挨拶にて
あきらさんは、

18年の間、
険しい道のりだったけれど、大切なものを得ることができました。
たくさんの笑顔・愛・すべての方々との出会いが大きな財産です。

そう仰っていました。

最後の一言には、
複雑な想いが込められていたように思います。

どうかこの先、宝塚の生徒がこのような景色を二度と見ることの無いよう、
そんな世界になることを願っています

ディナーショーでは、あきらさん自身の様々な想いを込めて

信じたこの道を私は行くだけ
すべては心の決めたままに

私たちへメッセージを伝えてくださいました。

あきらさんは、卒業の日に向かって一日、一日、幕を下ろしていきます。
最後の最後の舞台が無観客公演になってしまったことを
悔やまないはずはありません。

「もしディナーショーにもお客様を迎えられなかったら…と考えることは辞めた」
とあきらさんは仰っています。
そう思ってしまったら、それが現実になってしまいそうだから、と。

そうですね、その通りです。
悪いことばっかり心配して過ごすよりも、
目の前のことに夢中になって過ごした方が、
毎日が楽しいし、夢があります。


そして迎えたディナーショーで、
あきらさんは豪華なお衣装に身を包み、
満面の笑みを見せて頂き、ファンは本当に勇気と元気を頂きました。

あきらさんの船出の日まで、あと少しです。
その日まで、
太陽のような笑顔と、下級生や私たちファンを包み込む広い背中を
見続けたいと思います。


♪TAKARAZUKA Forever♪
夢を観させてくれてありがとうございました。

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