廃業したラブホテルについて考える
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こんにちわ ゆめの です。
今日は、廃業したラブホテルについてのお話です。
私の住む小さな町には、40年以上前からラブホテルが1軒だけありました。
わが町は大きな事件もなく、治安がよく、町民のマナーが良さを肌身で感じています。高齢者は多いものの、時間がゆったりと過ぎていくような小さな町です。
そんな平和な街の中心地にある1軒のラブホテル。
異質な存在ではありました。
ホテルのすぐ小中学生が登下校し、普通の民家や公民館が隣接しています。
40年の間には、そのラブホテルの隣の敷地に町営の新しい施設が建設されました。
成人式の日は、晴れ着を着た新成人がそのラブホテルの周辺を歩くのです。
すぐとなりの公民館では、夏祭りの神輿の休憩所になっていました。
冷静になって考えれば、なんとも異様な光景です。
幼少期から町内に存在するラブホテルに対し、子供たちは何の違和感も感じないような環境になっていました。子供たちは、成長し、10代後半ごろになるとその異様さに気づくのです。
私の地元の友人は小学生のころ、両親に
「あのホテルに泊まってみたーい」と言って(純粋ににホテルだと思っていますから)、大人たちを困らせた経験もありました。
これは、町内のいたる家庭で繰り広げられた会話だったようです。
私も、両親には言わないものの「あのホテルは何だろう?」と思っていたのです。
ーなぜか、口に出してないけないホテルー
子供のころに感じていた違和感も、30年も見慣れてしまえば何も感じなくなっていたのです。
クリスマスの日や大みそかの日は「満室」になり、やっぱり需要はあるんだな、と感じることもありました。
結局、人間の3大欲求に訴えかけるビジネスは無くならないのだな、なんて大人ぶった感覚もありました。
30歳になるころには、お酒の席で地元の友人男性たちが
「あのラブホテルを利用したことがある、意外と普通だったぞ」
なんて笑い話のネタになっていました。
これが面白い現象で、
私たち女性はそのホテルを利用したことがないのです。連れ合う相手が地元の男性ではないから。
でも、男性陣はホームタウンのホテルとして利用していたのです。
大人になって初めて知ったこのギャップ。なかなか面白い。
こうして幼少期から現在にいたるまで、ひっそりあったホテル。
そのラブホテルはついに2019年廃業となりました。
ラブホテル需要の低下なのか、田舎町のラブホテルは古臭いという時代の流れによる変化なのか…外壁の老朽化も問題視されていました。
その後の展開が気になっていました。
自治体の広報によれば、
ホテルの所有者が約1億円で売却したいと自治体へ申し出たため、自治体が購入することになったようです。我々の住民税が投入されることになったのです。
その事実に対し、町民の反応は
- 風紀が守られる
- 町のイメージが良くなる
- 一方で、その買収費用が住民税から支払われるのはいかがなものか
といった様子でした。ごくごく一般的な反応です。
私個人の意見としては、
- ラブホテルの文化が消える
- 住民税の使用用途としては妥当ではないか
文化という言葉が相応しいか微妙なところですが…
やっぱりラブホテルには、拠り所のない男女が繰り広げる物語があると思うのです。いかがわしいだけの存在ではなく、大人の時間が流れる場所だと思っているから。
一般的には、ラブホテル業界縮小の背景には若者の草食化があるとも言われています。
そう思う一方で、税金の投入先としてはなかなか良い決断だったと思います。謎の郷土資料館や銅像を作るよりはよっぽど費用対効果は高いです(風紀を守るという意味では)
廃業したホテルが心霊スポットになる、なんてことはよくある話ですから、治安の悪化やイメージダウンの避けるには良い決断でしょう。
ただ、現実としてそのラブホテルの存在そのものが風紀が乱れになったか?というと、そんなことは全くなかったように感じています。
ホテル付近の植え込みは、町民ボランティアさんのおかげでいつも美しくに整えられているし、
横を歩く小学生たちの元気な笑顔や、黄色いランドセルと背負うたくましい姿にはなんら変りはありません。
そこにラブホテルがあることを不快に思ったことはありません。
わが地元の住民たちは、いい意味で「田舎者」なのです。
それを象徴するかのように、そのラブホテルは淡々と静かに40年もの間存在し続けていたのです。
平和な片田舎の老舗ラブホテルの跡地は今後どうなっていくのか…
現在は建物の解体作業が始まっています。
広報誌によれば、今後の使途は未定とのことでした。
小さな田舎町にある異質な存在。その行く末が気になってしまう。
今日も少しずつ、その姿は消えていくのでした。
時代の流れの中で、わが地元の独特な一面を垣間見た出来事でした。
おわり。